来たかった場所

 

旅をしていると、しかもひとところにある一定期間以上いると、そこに住むことを少し想像します。歩き倒しているので、その街の概要はつかめ、あそこに行けばあれがあるとかわかるようになってくる。 むしろ、東京や大阪のほうがわからないくらい。 この一定期間で堪能しようとするために、実にみっちりと歩きますゆえ。

 

東京や大阪にあってフィレンツェやパリにないもの。 それは生活基盤と知人たち、それから仕事。 それをここで作るとしたらどうする? そんなことを考えます。 仕事なり学校なり、何かに属すことがまず第一のことになるでしょう。 それさえクリアすれば、あとは自然に知人も増え、東京や大阪と条件はあまり変わらなくなってくるはずです。 言語面はもちろん心配だけれど、やってるうちに何とかなるものだという気もします。慣れです、慣れ。何かに属すということは心に錨を降ろします。 安定をもたらします。 実は今一番欲しいものだったりするけれど。 だから、今の私には場所はどこだっていいんだろうね。 今住んでいる場所においても旅人なんだな。根無し草。うん。

 

そんなことを考えてちょっとブルーになっていたのですが 歩きながらまた別の細道に入っていきました。 うわ、また坂道。登りたくないな〜って思うけど足が勝手に進んじゃう。 何があるんだろう。何もないのかもしれないけど。 でも引き寄せられるように辿り着いた場所は、要塞阯なのでした。駄目押しみたいな階段を上っていきます。 そして広がる風景。 そう大きくはない建物では、絵の展覧会をやっていました。 シルクスクリーンかな。 それからブロンズの人形たち。 外に出てみると、まるで寅さんみたいなブロンズ像がフィレンツェの風に吹かれていました。

 

 

フィレンツェの街が一望できるこの場所は、くすんでいた私の心をスーツとさせてくれました。 椅子に座っていったいどれくらいの時間、景色を眺めていたでしょう。芝生の上で、本気で寝ちゃって る人、絵を描いている人、パンをかじっている人。 みなそれぞれ好きなように、くつろいでいます。 私は歩き疲れた足を放り出し、ボーっと、本当にボーっとしていました。 魂が抜けるくらいにボーっと。座ったまま2 時間くらいいたかもしれません。

 

この場所、好き。本当に好き。 ここに来れてよかった。 ああ、私、ここに来たかったんだなあ。

 

すっかり満足して、元気も補充して、地図を見ます。割と近くにピッティ宮殿があります。ここのパラティーナ美術館を見よう。 お庭もあるし、どこからか入れるかもしれない。 安直に考えて、要塞の周りを歩き始めました。が! さすが要塞。無駄に広い。行けども行けども壁伝い。 3 0 分くらい歩いているうちに脇道を見つけて、これかな〜って入っていくと、袋小路の住宅街。 ヤバー、迷った。ここどこよ…。 大声で子供の名前を呼ぶママン。フェンスの向こうで怒鳴り返す複数の子供たち。 あのフェンスの向こうに行けばいいのかな。でもあの先も行き止まりっぽい。 ママンに道を聞こうかと思ったけど、ママンはめちゃくちゃ機嫌が悪そう。

 

袋小路の真中で、す〜っと息を吸って、目を閉じてみました。 かすかに車が通る音が聞こえます。 その音を便りに道を手繰っていくと車道に出ました。 はぁぁ、助かった。 と思った瞬間立ち小便しているおじさんと目が合っちゃった。 よほど人通りがない道なのでしょう。おじさんもなんか焦ってます。 目を逸らして、進みます。 私ときたら激しく遠回りしてたみたいです。

 

ピッティ宮のお庭から入れるかと思ったのは甘い考えで、 そこは有料ゾーンで、ピッティ宮の正面から入らないと行けないのでした。 かくして1 時間以上歩き回ってようやくピッティ宮。ピッティ宮のチケットシステムはちょっとややこしくて、お庭と美術館は別料金だったりして、 どのチケットが欲しいのかと聞かれて4種類くらいあるチケットを前にちょっと目を白黒。 パラティーナが見たいの、と言ってようやくゲット。

 

パラティーナはラファエロの絵がたくさんあるし、元宮殿だけあって装飾がすごいの。 メディチ家とかが住んでたんですよ。ウフィッツィやアカデミアもよかったけどここが一番充実感があったかも。 窓から見えるお庭はヴェルサイユ宮殿を思わせます。超ゴージャス。 お庭も行きたかったけど現金が底をついていたので断念。 その分窓からたくさん見ました。 この日は歩きすぎて、熱出そうでした。 出なかったけど、かかと凹んでたし。 でもいい場所を見つけた嬉しさでなんだかハッピーなのでした。

(2005年9月15日〜イタリア紀行より)